2018年9月17日月曜日

みそとコミュニティの未来

自分たちの食べるものを自分たちでつくること。

食べものを自分たちで分け合うこと。

人のつながりの中で、食べものを作って、わけあう暮らし。

暮らし方の見つめ直しが起こる中で、途絶えかけたみそ作りの場が少しずつ増えていった。


味噌を作る場が生まれ、味噌を蓄える場が生まれ、みなで分け合い食べる「つながり」が生まれた。

老人会や、婦人会や、青年会や、こども会や、公民館や、集会場や、幼稚園や、学校や、役場の中で味噌づくりが始まった。

地域の話し合いの場の中央には味噌汁を炊く鍋があり、味噌を仕込む場という場に、老若男女が出たり入ったりしている。

商店街の中には、味噌をつくる共同作業所がある。

商店街のパン屋が、味噌を作りに作業所にやってくる。

パン屋が作る手前味噌パンを、おじいおばあや子どもたちが食べている。

カフェの一角には、オシャレに味噌がディスプレイされ、量り売りされている。

路地裏にあるシェアハウスの台所には、住民が分け合って使う味噌樽が積まれている。

地域で作られる味噌は、足の弱くなったおじいやおばあの元にも一軒一軒配られている。

祭りの時や年末には、手前味噌の持ち寄りによる、味噌汁の炊き出しがおこなわれる。

・・・

子どもたちは週末に、近所の大豆畑に繰り出していく。 




大豆や野菜を収穫したり、草取りをして、畑で味噌汁を飲んでいる。 



夏休みや冬休みには、味噌づくりキャンプが行われる。

大人とこどもが一緒になって、かまどでご飯を作り、大豆を茹で、塩を炊いて、糀をつけて、味噌を仕込んでいる。

商店街の中にある『味噌汁子ども食堂』では、無料で味噌汁とご飯がふるまわれている。

ここには老若男女が集まり、味噌や味噌汁を囲んで、かまびすしい会話に花が咲き続けている。

全国に七百万あった空き家の多くが、味噌づくり作業所や味噌蔵、こうじ室、味噌汁食堂になった。

小学校の校庭の一角には田んぼや畑があり、子供たちが世話をしている。

収穫されたお米や野菜や大豆は給食のおかずや味噌汁になっている。

理科の時間には虫眼鏡で大豆の新芽を見て、社会の時間には「大豆や塩がどこからやってきたのか」を話し、家庭科の時間に糀を仕込んでいる。

子供たちや先生や父母が混ざり合って作られる味噌を、みなで食べている。

豆味噌蔵では「 三年後に引き取りに来ます」と言って事前にお金を渡す『みそクラウドファウンディング(みそ蔵ウドファウンディング)』によって味噌が仕込まれ、味噌屋の経営が地域の人々によって支えられている。

おじいやおばあは、毎年少しずつ蔵に味噌を預けて毎年少しずつ引き出す『年菌(ねんきん)生活』をしている。

そのようにして、命の有り難さを噛み締めた人たちによる、皆で味噌をつくって皆で分け合って皆で食べる暮らしが、時代を越えてどこまでも広がっていく。

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